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施設長コラム

人間の構造


図は私が若かりし頃に読み、聞きした内容をまとめてできたイメージでした。 その後、考えを進める時間を持たなかったために現在もそのままです。
表面は文字どうりの「外表」で、自分の嗜好とは無関係に与えられた知覚・感覚器官と 運動器官です。”いずれ朽ち果てるものを飾り立てたり、鍛えたりするのは無駄で無意味だ” という考え方がありますが、”飾ればそれだけ輝いて見える期間だけでも精一杯飾って楽し もう”という考え方にも一理あります。要は外表にどれだけとらわれたり、こだわったり するかです。ただ、自由には必ず責任や倫理的制約を伴いますので、見る人に不快感を起 こさせる外見は慎むべきです。
次には感覚や刺激に誘発される喜怒哀楽を受け止め、直接的に反応を表す「感情の層」 があります。そして、第三層は喜怒哀楽の意味づけをし、どう解釈し、反応するかを判断 する「意思決定の層」です。さらにその深層には判断や反応の内容が利害ではなく人間の 本来あるべき姿として正しいかどうかを直感的に受け止める「良心」があります。この三 層、四層は人間が自省し、学習する動物であることを証拠ずけます。例えば、日常の便利 さ、あるいは職場としての原子力発電所は現在の自分には無くてはならない。しかし、福 島のような事故が起こる可能性を子孫に残すべきではないと、心の底では殆どの人が感じ ているでしょう。また、バスを降りる際小銭を出すのに手間取っている老人に、背後から 「もたもたしているのは脇へどけといて、先に降りさせろ」と叫んだ若者も、後で冷静に なったとき必ず後味の悪い思いをし、”言わなければ良かった”と反省するはずです。
そして、最も深いところには外見や感情や思考等に左右されない、人間としての存在そ のものを主張する「核」があります。通常”人格”というとき、性格や生育環境によって 変化、成長し得る部分が含まれていると考えますが、いかなる姿であろうとも人間である ことを確認させる、属性に全く影響を受けない「核」の存在を認めざるを得ません。
以上のように考えると、「この世は人間にとっての通過点に過ぎず、この身体は一時の借 り物である」という考え方をすんなり受け入れることができ、これからはもっと気楽に生 きることにしようと思えるようになりました。以来”吾は気楽人間のサンプルなり”と自 認しています。
“どちら様もお健やかで良いお年をお迎えください”

※ 下記の図 クリックすると拡大します


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